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水産物 医食同源
ヒヤッとビヤっとビールだぜ! 1
掲載日:2007年05月16日
 
アイコン まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!
 お客さんがた、ゴールデンウイークは如何お過ごしだったかい? あっしはガラでもなく、娘夫婦や孫娘と一緒に「熱狂の日」とかいう、クラシックの音楽祭に行ってきたよ。毎年、有楽町の国際フォーラムで行われているそうだが、いやはや大変な人出に往生したところさね。
 「熱狂の日」は、45分くらいの短いプログラムを1000〜3000円くらいの値段で、何10本も行うイベントで、肝心のコンサートにあっしは居眠りしてた次第だが、会場周辺にはさまざまな出店やイベントが目白押しで、なかなか楽しかったな〜。あとで聞いた話だが、中には食材仕入ドットコムさんから、文字通り食材を仕入れてくれていたお店もあったとかで、あっしもちょっくら嬉しく思っている次第さね。
 ゴールデンウィークが終れば、次は夏の商戦。息つく暇もなく、あっしは来週ベトナムに食材の仕入に行かないとならねえ。安くて旨いもん、いっぱい取りそろえておくもんで・・・どうぞ、みなさん! ご注文のほど、お待ちいたしやすぜ!
   
  下戸にも美味しいビールの話
  イメージフォト さーて。今回から、これから夏にかけての商戦をニラんでの新シリーズ、「ヒヤッとビヤっとビールだぜ!」のはじまりだ。
 人間、気温が上がればノドが渇く。ノドが渇けば何か飲みたくなるわけで、そんな時、あっしら上戸にとって、ビールほど有り難え飲み物はねえ。夏の暑い日、あの黄金色をした液体がウグウグとノドを通る瞬間は、まさに幸福を絵に描いたような時間さね。
 おっと。あたしゃ下戸なもんで、あんなものどこが旨いんだかトンとわからないって?
 そうよな〜。意外に飲食店のオーナーには、お酒が全然ダメって方も多いようだ。俗に酒は上戸にとっちゃ「百薬の長」、下戸に言わせりゃ「命を削るカンナ」と言うように、飲めない人にとっての飲酒は毒を飲むようなもんだからな。
 そんな方々は、せいぜいこのイダテンのゲンさんの講釈を聞いて、酒飲みの気持ちに浸っていただきてえ。飲めない方にとっても、酒の肴には旨いものが少なくないからな〜。下戸のグルメにとっても美味しい話をいっぱいお届けするし、もちろん酒好きの方には、ビール片手に聞いてもらえりゃ有り難いってなもんだ。
  メソポタミアの不思議な飲み物
   ワイン然り、日本酒のどぶろく然り。穀物や果実を貯蔵すれば、そこで醗酵するものからお酒はおのずと生まれてくるもんだが、ビールほど歴史の古いアルコール類はないだろう。
 その起源は5000年前のエジプトともメソポタミアとも言われているが、もっとも古い文献と考えらているのが、メソポタミアの遺跡から出土された「モニュマンブルー」と呼ばれる粘土板だ。
  写真
  写真 メソポタミア文明については、みなさまも先刻ご承知だろう。あのチグリス川&ユーフラテス川両岸の流域で発達した、世界4大文明のひとつだな。ちょうど場所でいうと、今問題のイラク周辺で、あの辺は今でこそシーア派だスンニ派だ反米だのと荒れていること夥しいが、イスラム教も生まれていなかった※1数千年前は、緑豊かな穀倉地だったことが想像される。
 そこに暮らしていたのシュメール人と呼ばれる人たちで、彼らが好んで口にしていたのが「シカル」と呼ばれる泡の立つ不思議な飲み物だった。それが今で言う「ビール」だったという寸法よ。
 シカルの作り方は、比較的単純だ。まず発芽した麦※2を乾燥させて粉にしたあと、水で練り、”ビールブレッド”というパンを焼き上げる。そのパンを砕いて湯に溶いて寝かせておくと、自然醗酵によって出来上がるんだ。遺跡からは、葦の茎らしきストローを口にくわえたシュメール人の粘土板が出土されているが、どうやら余分な浮遊物を口に入れない工夫だったという説がある。
 かの有名なハムラビ法典にも、労働者の賃金としてシカルが支払われていたという条文があって、「農民は1日1リットル」「ハーレムの女性は1日5リットル」といった具合に、身分や職業によってさまざまな支給がなされていたらしい。もっとも1日5リットルなんて、ハーレムの女性がそんなにたくさんのビールを飲んだのか、甚だ疑問ではあるものの、シカルが人々の生活になくてはならないものだったのは間違いないだろう。
 
   
※1

イスラム生誕はAD610年、今のサウジアラビアにあたるメッカ郊外で、ムハンマドが天使ガブリエルの啓示を受けたことにはじまる。

※2 現在のビールは大麦の麦芽が主流だが、この当時はエンメル小麦と呼ばれる穀物とのブレンドがなされていた。彼らは原料の使い分けで10数種類のビールを造っていたといわれている。
   
  ピラミッドを築いた神さまのビール
   
  写真
   一方、ビールのもう一つの起源・エジプトでは少しばかり製法が違う。パンを砕いて醗酵させる点は同じだが、彼らは麦芽から作ったパン生地を寝かせておいてから焼いたそうだ。その後、焼き上がったパンを砕いてから、湯に溶いて麦汁にし醗酵させるわけだが、こうして造ったビールは酵母がそのまま残ってしまうため、アクや雑味が強いという欠点がある。
 そこでエジプト人は醗酵した麦汁に、さまざまなハーブや薬草を加えていったらしい。この製法は後ほどヨーロッパに伝わってから、「グルートビール」と呼ばれるようになり、やがてはホップにたどりつくことになる。いわば水と麦芽とホップという、現在のビールのルーツは、エジプトで育まれたと言えるだろう。
  げんさんイラスト
  写真 文明の発祥に不可欠なのは食料の安定供給だが、ナイル川の肥沃なデルタを中心に発展した農耕文明は、ビールという神の飲み物を与えてくれた。そんなビールは、エジプトの最高神オシリス※3の贈り物として、厳粛な神事の大切な飲み物として尊ばれていたんだな。そりゃそうだ。醗酵がバクテリアの仕業ということがわからなかった時代に、穀物や果実が良い気分にさせる美味しい飲み物に変わるなんて、神さまの贈り物としか思えなかったに違いない。
 また清潔な水の確保が難しかった時代、ビールは安全で栄養のある飲み物として貴重な存在だった。実際にビールには、デキストリンや麦芽糖などの炭水化物を中心に、グルタミン酸やグリコール、アラニンといったアミノ酸、ビタミンB1、B2などのビタミン&ミネラルなどの栄養分が豊富に含まれている。古代エジプトでは流行病の薬としてもビールが飲まれていたんだから、まさに神さまの飲み物だったわけさね。
 やがて農耕技術が発達するにつれ、ビールは何と工場で大規模生産されるようになり、ピラミッドを築いた労働者の賃金として支払われるようになっていった。いわばピラミッドの何分のいくつかはビールによって築かれたといって過言ではないだろう。
 さーて、時間が来やがった。次回はヨーロッパに伝わってから、ビールがどうなったかをお話しよう。
 それじゃ、お客さん! 次回をお楽しみに!
 
   
※3

オシリスは冥府の神として知られているが、農耕を司る神としても尊崇されていたようだ。後にヨーロッパの秘密結社フリーメーソンでも崇拝の対象になっていたらしく、モーツアルトのオペラ「魔笛」でも、妻のイシスとともにそれを讃える歌が作られている。

   
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