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水産物 医食同源
かれーな印度カレーを召し上かれー♪ その3
掲載日:2005年9月14日
 
 まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!
 いやあ、先日アメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」は、とんでもないことになっているなあ。あっしも南部の都市ヒューストンに親戚がいるもんで、ちょっくら連絡してみたんだが、あそこはテキサス州だから大丈夫だったようだ。
 そのかわり、ニューオーリンズ周辺からやってきた何千何万というハリケーン難民が、町に溢れているそうさ。フットボールや野球のスタジアム、コンベンションセンターなどには、3万もの人々が避難生活を送っていて、町のホテルはどこも満杯状態だそうだ。
 まったく災害なんてえのは、いつ何時やってくるかわからねえ。関東大震災を経験した、あっしのバアさんがよく「一寸先は闇だ」なんて言ってたけど、赤いチャンチャンコを着る頃になって、その言葉がよーくわかるようになってきたぜ。
 まあ、備えは大切だが、あんまし気を揉んでも仕方ねえ。せいぜい、なんかあった時に体が動くよう、普段からちゃんとしたもんを食べておきたいもんだ。
 そんな意味でもねえが、先日ご案内した「串打ち天然海老鬼殻焼」は大好評。いつでもどこでも、このイダテンのゲンさん――体に良くって旨い食材を提供していきやすぜ!
  フロッグカレーのお味はいかに?
  写真 さーて、今回は「かれーな印度カレーを召し上かれー」の3回目。
 日本のカレーライスがインドからの直行便じゃなく、イギリス経由だってことは、前回もお話をしたんで、みなさま先刻ご承知の通りだろう。
 こないだは、カレーライスが日本にどう伝わったのかを探ろうとして、話がイギリスで止まっちまったから、今回はその続きをお聞かせいたしやしょう。
 実は明治時代、カレーがイギリスからどう渡ってきたのかは、ハッキリとわかっていない。文献による日本最古のカレーは、明治5年だそうで、それは何とフロッグカレー・・・つまり食用のアカガエルを用いたカレーだったそうだ。
 もっともアカガエルと聞いても、玄人のみなさまがたは、そんなに驚かないかもしれない。カエルはイタリアでもヴェネチアあたりでは、わりと一般的な食材だし――フランス料理、あるいは中華料理で食されるのは、比較的知られた話だからな〜。
 もちろんフロッグカレーなんてメニューは、本場インドにもイギリスにも見当たらない。
 おそらくは、カエルを食べる習慣のある中国人かフランス人のいずれかが、フロッグカレーを考案し、調理したのだろうと言われている。
  写真 たしかに、日本に寄港したイギリス人が香港経由でやってきたのは、自然なことだし、その時に中国、それも広東人のコックを雇ったとしても、何ら不思議はない。
 一方でフランス人が、どう調理に関わったかは不明ではあるが――昔から仲違いを繰り返している英仏の間では、フランス人がイギリス人を「ローストビーフ」と呼び、イギリス人はフランス人を「フロッグ」と呼んだ経緯がある。
 これはもちろん、どちらも食い物にひっかけた蔑称だ。
「ローストビーフ」には、旨いものと言えばそれしか知らない味覚音痴、という意味があり、一方「フロッグ」には、カエル食いのワインがぶ飲み野郎、という意味が込められている。まあ、どちらの呼び名も連中の体つきや顔つきに、何となく近いものがあるのがあり、双方痛み分けって感じはするけどな〜。
 前回お話したように、イギリスではローストビーフの残りをカレーに使う習慣があったそうだが、蔑称であるローストビーフもフロッグの両方が、カレーの材料にされているなんざあ――まあ、たまたまなんだろうが、面白いところだなあ。
  フロッグカレーのレシピやいかに?
  写真 フロッグカレーが中国人の発想が入っていたのか、それともフランス人の発想が入っていたのか・・・今となっては知る術もないが、どちらかといえば、そのレシピは当然ながらフレンチよりだったようだ。
 まず、タマネギの代わりにみじん切りの葱を使い、ショウガやニンニクと一緒にバターで炒める。それに水を加えたのち、カエル、カキ、エビ、タイなどの魚介類を入れ、カレー粉を加えて、塩で味を整えてから、最後に水溶き小麦粉を加えるんだ。正確にはフロッグカレーじゃなく、フロッグ&シーフードカレーってワケだな〜。
 カエルってえのは、ご存じのように鶏のささみに似た、淡白な味わいだから、こういった魚介類とは相性が良かったかもしれない。
 フロッグ&シーフードカレーのお味だが、もちろんインドカレーというよりは、西洋料理のブイヤベースに近い感じだ。最初に小麦粉を炒めるのではなく、最後に水で溶いて入れる点なども、大きな違いだ。
 まあ、日本のカレーがイギリス経由と言っても、そいつは材料に使うカレー粉の話。カレー全体のレシピについては、もっと食文化の発達したフレンチなど南欧料理の発想が入っていた――そんな風に考えて良いのかもしれない。
  カレーの決めては、リーキか長葱か?
  アチャール君。 ここで、あっしが注目したいのは、カレーストックになる葱の使い方だ。
 前述のフロッグカレーでは、タマネギの代わりに長葱が使われているが、ことフレンチにおいては、同じ長葱でもリーキ(ポロネギ、あるいはポワロネギとも呼ばれる)が一般的だ。
 リーキさまは、最近だと高級スーパーなどでお見かけするようになったが※1、下仁田ネギを、さらにひとまわり太くしたお姿をしている。
 こいつは加熱した時の糖度が、長葱の何倍もある。たとえば、ジャガイモの冷たいポタージュ――ビシソワーズ(夏の疲れが出るこの時期には嬉しい一品だな〜)には、タマネギよりも、こちらリーキの方が甘く香りも高く、上品な味わいになる。
 加熱すると甘みが増し、煮くずれしないのがリーキの特徴で――スープや煮込み料理、グラタン、クリーム煮などにすると、独特のねっとりとした食感があり、フレンチには欠かせない野菜さね。
 リーキはヨーロッパじゃあ、エジプト時代からある野菜で、日本には明治初年に入ってきたんだが、地物の長葱があったため、ほとんど普及をしなかったらしい。
 このフロッグカレーに使われたのが、日本の長葱だったか、リーキだったかは、わからないが、明治5年の文献というから、丁度微妙なところだよな〜。
 どちらにしても、レシピとしては、リーキを用いたスープ作りがベースになっている筈だ。そう考えると、フロッグカレーが決して奇を衒ったものではなく、モダンな西洋料理の一皿として出されたと見て良いだろう。
   
※1/ 現在、出回っているリーキの大半はベルギーやオーストラリア、ニュージーランドなどからの輸入品だが、その量は年々増加している。
   
  三種の神器と海軍カレー
  写真 フロッグカレーの材料を見て、「おや?」と思った、お客さんもいらっしゃるかもしれない。ここにはカレー三種の神器であるタマネギ・ニンジン・ジャガイモが、影も形もないからだ。だが、それもそのはずで、こいつらが食べられるようになったのは、明治維新以降の話※2だからだ。
 はじめはブイヤベースのようなスープ状だったカレーは、明治後期から大正時代になるにつれ、次第に現在の形に近い、粘り気のあるシチューの姿に変わってきた。現在の洋食の形が整ってきたのさ。
 ただ当時、洋食といえば高級でハイカラなもので、一般市民がおいそれと口にできるようなものではなかった。そんなカレーライスが、市民の間にも普及するようになったきっかけは、海軍で採用されたのがきっかけと言われている。
 こいつは最近、巷でも話題になっていて、横須賀あたりじゃ「海軍カレー」として町興しの材料にしようとしているが――何と言っても、カレーってえのは肉も野菜も米もそろった、きわめて栄養バランスの良い食べ物なんだ。
 特にタマネギ・ニンジン・ジャガイモという、三種の神器が揃ったカレーは、医食同源の要素として欠かせないタンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラル、食物繊維という6大栄養素を、ほぼ兼ね備えた完全食品だ。
 しかも一度に大人数をまかなえ、兵士たちの評判も上々。当時、脚気※3に悩まされていた海軍にとって、カレーは格好の料理だったんだな。
   
※2/ ジャガイモは江戸時代、安政元年(1854)にロシアルートで北海道に入ったという記録がある。また、それ以前にもさまざまなルートで日本に入ってきてはいるが、本格的な普及は明治以降となる。
※3/ 脚気(かっけ)はビタミンB1の欠乏症。初期には足のむくみ、症状が進むと動悸・視力低下を起こし、ついには心臓発作で死に到る。江戸から明治にかけて、死亡原因のトップにランクされる国民的な病だった。
   
  カレーと肉じゃがの不思議な関係
  写真 ところでタマネギ・ニンジン・ジャガイモに肉が加わると聞いて、みなさまがたは、他に何か料理を思い出さないかい? 
 そう! 世の独身男性の憧れである――究極の家庭料理「肉じゃが」と同じ材料なのさ。
 こいつは、あっしの独断と偏見だが、意外に「日本式カレーライス」と「肉じゃが」ってえのは兄弟じゃねえかと思ってる。理由は簡単、どちらも海軍のメニューとして世に普及した料理だからさ。
 材料の伝来を見てもわかるように、肉じゃがってえのは意外に新しい料理だ。
 それには京都の舞鶴海軍が発祥だという説と、広島の呉海軍が元祖だという説があり――テレビなんぞでは、どちらが本当の元祖かなんてバトル番組を面白おかしく取り上げていて(どっちだっていいけどな)、どちらも町起こしの起爆剤として期待をかけているようだ。
  写真 双方の主張に共通しているのは、肉じゃがを持ち込んだのは、あの東郷平八郎だということだ。彼らによれば、若い頃イギリスに留学していた東郷さんは、その頃に食べたビーフシチューの味が忘れられず、部下に命じて艦上食として作らせた――てえのが、肉じゃがの始まりだというのさ。
 何だい、ビーフシチューと肉じゃがじゃあ、似ても似つかないじゃないか、なんて言わないどくれよ。男子厨房に入るべからずの時代、東郷さん自ら包丁をふるうはずもない。
 だが調理をするコックの誰ひとりとして、ビーフシチューを食べたこともない。
 あーでもない、こーでもないと、苦心惨憺の末に出来上がったのが「肉じゃが」だったって寸法さ。そいつは、東郷さんが食べた「ビーフシチュー」とはまるで別物だったが、兵士たちにも好評――おまけに栄養バランスにすぐれた料理ができあがったというわけよ。
 カレーも肉じゃがも、明治時代は兵隊さんの料理だったのが、今じゃあ究極の家庭料理――まあ世の中、平和になったてことなんだろうな〜。

 おっと、いけねえ!  また夢中になって語りすぎて、時間がなくなっちまった。続きは次回にいたしやしょう。
 それじゃ、お客さん! 次回をお楽しみに!
   
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大好きアチャール君