| 掲載日:2005年3月16日 |
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| ナポリにマカロニあり! | |||||||
| -----------------------------------------●カンパーニャ州(ナポリ) | |||||||
さーて、マンマミーア・イタリアンも、そろそろ20回近くになる。写真や絵やらをタンマリ入れてるおかげか、おかげさまでなかなか好評だ。イタリアンは素人みてえなゲンさんだが、食い物に関しちゃあ、ちょいとした玄人なもんで・・・もう少しお付き合いのホド、よろしくお願いいたしやす。 今回はナポリ料理の3回目。 前回、ナポリにナポリタンはないと申し上げたが――その代わりと言っちゃ何だが、ナポリ人はマッケローニ(マカロニ食い)と呼ばれるほど、実にトマトの入った赤いマカロニをよく食べる。昔、イタリア製の西部劇をマカロニ・ウエスタンなんて言ったもんだが、ナポリ人はその名に恥じぬ、根っからのマカロニ野郎なんだ。 もっとも日本で言うマカロニってえのは、グラタンなどに使う穴の空いたショートパスタのみを指すが、イタリアではパスタ全般をマカロニと言う。ペンネやファルファッレなどのショートパスタはもちろん、スパゲッティなどのロングパスタもマカロニと呼ぶんだ※1。だから厳密に、マカロニがどのパスタを指すのかって決まりはない。まあ、ここでは紛らわしいので、穴のあいたパスタをマカロニと言うことにいたしやすが・・・。 そんなワケで今回は、ナポリばかりかイタリアンの代名詞になっている、マカロニくんのお話をいたしやしょう。 |
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| ナポリ生まれのマカロニくん | |||||||
ちょっくらおさらいになるが、イタリアのパスタには、ルーツの異なる2つの流れがあるって話を覚えてるかい? 忘れちまった御仁はこちらをご覧くだせい。そのひとつは、古代ローマに生まれた生パスタの流れ――。 もうひとつは、アラビア人がシチリアに持ち込んだ乾燥パスタの流れで――両者は見た目は似ていても、起源のまったく違う食べ物だ。 |
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生パスタの誕生が約2500年前なのに対し、乾燥パスタの誕生は12世紀中頃だから、750年ほど前――歴史的に言えば後者の方がずっと新しい。乾燥パスタが生まれた12世紀――中世イタリアでは4大海運国と称された、ナポリ、ヴェネチア、ジェノヴァ、ピサが、大手をふるい闊歩していた(今でもイタリア海軍の旗には、この4大国家の紋章が入ってるそうだ)。 この海洋国家はイタリア全土のみならず、世界各国からさまざまな食材を運んできたんだが――乾燥パスタは保存がきき、大量輸送が可能だったため、新参ものにも拘らずイタリア全土に広まっていったわけさね。その後、世界中に広まっていったのも同じ理由ってことだ。 シチリアからナポリに乾燥パスタがやってきたのは1295年というが、インド原産だったナスと砂糖が入ってきたのも、この時期だ。この当時は茹でてスープに浮かべ、チーズをかけるといった食べ方や、砂糖やシナモンで味付けするという、今では考えられない味つけが主流だったそうだ。 現在のマカロニがナポリで生まれたのは、1600年はじめ頃のこと。足で練り込んだパスタを、トゥラフィーラという器械で、ミンチを挽き出す要領で筒状に押し出し、カットする方法が発明されてからだ。それが19世紀になって、トマトの爆発的な人気とともにマカロニは、ピッツァと共に急速な広がりを見せていったんだ。 |
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| 王様の舌はマカロニの舌 | |||||||
さて、その19世紀――時のナポリ王フェルディナンド2世は、ピッツァ好きが嵩じて、焼き物の窯を改造して、高温のピッツァ窯を作らせたという、前々回の話を覚えているかい?ほら、あの食い意地の張った王様だよ。 どうやらこのフェルディナンド2世――他人が食べているモノを見ると、自分も無性に欲しくなる人だったらしく、ピッツァだけでは飽き足らず、下賤の民が手づかみで旨そうに食べていたマカロニに、いたくご執心――この下司な食い物を何としてでも食べてみたくなった。 そこで王様、「宮廷の晩餐会にマカロニを出すように」との御沙汰を出したってんだから呆れ返ったコンコンチキだ。それこそピッツァの時と同様、「目黒のサンマ」の松平さまを地で行く話さね。 |
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王様のご所望に、びっくらこいたのは家臣たちだ。王様おひとりが、ご趣味のピッツァを楽しむだけならまだしも、大使や外交官を招待する晩餐会にマカロニを出すなど、今で言えばサミットの公式晩餐会に、親子ドンブリや牛丼を出すみてえなモンだ。 さりとて、王様のご命令を無碍にするわけにもいかねえ。そこで、おかかえのエンジニア、チェザーレ・スパダッチーニが、苦肉の策で考案したのが4本歯のフォークだった。 2本、3本歯のフォークは、すでに11世紀にはビザンチン帝国(現在のトルコ)からイタリアにわたっていたが、それはマカロニ※2を上品に食べられる食器ではなかった。 それを4本歯にすることによって、下品とされていたマカロニを優雅に食べるようになり、現在も西洋食器の主流になったってえ寸法よ。 もっとも、未だにあちらの公式晩餐会に、マカロニやスパゲッティが出ることはない。このナポリの王様は、とびきりの食いしん坊だったんだな〜。 (なに? ゲンさん、こないだピッツァの時も落語「目黒のサンマ」の話をしてたけど、そんな話、聞いたことがねえって? ――仕方ねえなあ、お客さん。じゃあ、上の青文字をクリックしておくんな。粗筋だけになるが、とくとご説明いたしやすぜ)。 |
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| ナポリ人はマッケローニのマッカローニ | |||||||
実際にナポリ人は、トマトたっぷりの赤いマカロニをよく食べる。文字通り、マッケローニのまっかローニってやつだな、ぶわーっはっは!(いけねえ、いけねえ。またうちの女性社員にキラわれちまうわな)。代表的なものはナポリ風マカロニと呼ばれるもので、こいつはツィーテと呼ばれる長〜いマカロニを使う。フェルディナンド2世もご執心だった、マカロニの中のマカロニさ。 ツィーテはふっくらしてスベスベした感触から「若い娘のマカロニ」とも呼ばれ、結婚披露宴の一品によく出されるそうだ。シコシコした食感は他では味わえないものだが、このパスタ――4本歯のフォークを持ってしても、ツルツルして食べにくいので、使う時は必ず好みの長さに切る。 |
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ソースにはラグー・ナポレターノの呼ばれる、ナポリ独特のトマトソースを用いるんだが、こいつが文字通りナポリおふくろの味だ。 ラグーソースというと、普通はスパゲッティ・ボロネーゼみたいなミートソースが一般的だが、ナポリのラグーは挽肉を使わない。タマネギ、ニンジン、セロリをラードで炒めたあと、糸で縛った豚肉の塊を入れ、トマトホール&ペーストで1〜2時間ほど煮込む。豚肉の塊は鍋から出してから、セコンドピアット(メインディッシュ)に使い、トマトソースだけを使うのさ。 トマトソースには豚肉の味が十分にいきわたる一方、豚肉にはトマトの旨味が染み、お互いの味を引き立たせるってワケさね。 |
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| ナポレオンのマカロニ | |||||||
| ところで、このナポリのラグーソースはナポレオンがもたらしたという話がある。 19世紀初頭、イタリアは一時的にナポレオンの勢力下に入ったことあり、その時にフランスからやってきたシェフたちが広めたということなんだ。ラグーというのはフランス語だそうで、シチューや煮込みを意味する言葉だという※3。 |
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煮込みってえくらいだから、当然大衆料理なわけで――コルシカ出身の田舎者で、お世辞にも育ちが良かったとは言えないナポレオンの好物だったことは、想像にかたくない話さね。一方でナポリは、王様でさえ下賤の食い物を好む大衆的な土地柄だ。ラグーが旨いと知れば、真っ先の飛びつくのは当たり前の話。連中の好物、トマトとマカロニに合体して、たちまちナポリの味に定着した。トマトをふんだんに使い、即エネルギーに変わるマカロニ料理は、肉体労働者の多いナポリにたちまち広まっていった。 北イタリアに対して、南の方が平均寿命が長いなんていうのも、大衆料理にこんな健康的なものがあるからなんだろうな。 さーて、時間が来ちまった。次回は近頃流行りと言われている、「地中海ダイエット」とやらの話いたしやしょう。じゃあ、お客さん。次回をお楽しみに! |
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