| 掲載日:2005年3月2日 |
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| トマトがナポリにやって来た! | |||||||
| -----------------------------------------●カンパーニャ州(ナポリ) | |||||||
今回のマンマミーア・イタリアンは前回に続いて、ナポリ料理だ。世の中、食い倒れの都は数あれど、ナポリほど食のクオリティが高いところは少ないだろう。食い物の旨い町が生まれるためには、いくつかの要素をクリアしないといけない。で、その要素は「食材・流通・歴史・食い意地」に集約されるというのが、あっしの持論だ。 つまり良い食材が入手できる立地条件であること。さまざまな文化や人種の交流が盛んな地であること。食が成熟するための歴史的バックグラウンドがあること。そして何よりも、食い意地の張った連中が住みついていること。ナポリの町は、そのすべてを兼ね備えている、希有な都だってことさね。 2700年前、ギリシャ人が移り住んだのが起源というナポリ※1は、当時から温暖で風光明美な気候と天然の良港を合わせ持つ、抜群のロケーションだった。新鮮な海の幸が手に入ることに加えて、世界各地から人間も情報も食材も集まってきたんだ。 16〜17世紀の大航海時代には、胡椒などのスパイス、豆や穀類といった食料と一緒に、珍しい植物がたくさん持ち込まれてきた。そのひとつとして、イタリア料理に最大の変革をもたらしたスーパーフード・・・そう、トマトさまが入ってきたってワケなんだ。 今回はナポリのみならず――イタリア料理の要であるトマトについて聞かせ倒しやしょう! |
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| ナポリとトマトは相思相愛? | |||||||
最初にトマトが、南米からスペイン経由でイタリアにやってきた時は、実につつましかった。鮮やかな赤い実をつける、この珍しい植物は貴族の観賞用としてベランダや庭を飾られていたのさ。 |
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誰が最初にトマトを食べたかはわからないが、なんせ食欲をそそる赤い実だ。きっと、こっそりつまみ食いをした下僕や馬丁らが、「こいつは毒じゃねえ、意外にイケるじゃねえか」――なんて食いはじめたのがはじまりかもしれねえや。乾いた土と強い陽射しを好むこの植物は、ナポリの風土をいたくお気に召した。あのポンペイを一夜にして溶岩の下に埋め、壊滅させてしまったベスビオ火山だったが、その火山灰がもたらしたサン・マルツァーノ沃野が、良質のトマトを育てていったのさ。 マンマミーア・イタリアンの第1回でもお話したが、この茄子のような長いトマトは、加熱すると甘味を増して味が濃くなる特性がある。 やがて1856年、フランチェスコ・チリオによって、トマトホールの水煮缶が発明されると、時をほぼ同じにして、こいつはピッツァに欠かせない素材として、ナポリで人気を博していったんだ。 |
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| イタリア料理を変えた「金のリンゴ」 | |||||||
トマトが熱狂的にナポリっ子に迎えられると、イタリア料理は激変した。トマトが食卓に上る以前の時代、連中の味覚の基本は「甘酸っぱさ」と「濃厚さ」だった。こいつは、前に古代ローマ料理や、ルネサンス時代のヴェネチア料理についてお聞かせした通りだ。 魚醤ガルムをベースに胡椒、ハーブ、ハチミツ、卵黄、オリーブといった、甘酸っぱい、あるいは甘辛い味付けは、長い間、ヨーロッパの味覚のスタンダードとして君臨していた。 それがトマトの一撃――イタリア語でポモドーロ(pomodoro)、つまり「金のリンゴ」を意味する、この黄金の果実がイタリア料理のみならず、ヨーロッパの味覚を決定的に変えてしまったんだ。 さっぱりスッキリ味のトマトくんだが、実は旨味成分のグルタミン酸と遊離アミノ酸が豊富に含まれている上、こいつには素材が持つ自然の甘味も兼ね備えている。それがシンプル・イズ・ベストを真髄とする、現在のイタリアンを作ったといっても過言ではないだろう。 今じゃイタリア料理の中に、砂糖やハチミツのような甘味が入れられることは殆どない。 その中で、アンティパスト(前菜)で出される、生ハムとメロン(またはイチジク)の組み合わせなどは、ローマ時代の味覚の名残りがあるような気がする。また、今でもドイツやチェコのような北部や中部ヨーロッパに行くと、甘酸っぱい味付けに出会うことが多いんだが、こいつも古代ローマの味覚の生き残りなんだろう。 ともかくも、トマトはそれくらい、ヨーロッパの味覚に革命をもたらしたって寸法よ。 |
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| 世界を制覇したナポリのトマト | |||||||
外国ではイタリアンの代表に思われているトマトだが、ちょっと前まで北部でトマトはさほど食べられることはなかった。南北の仲が悪いことで知られるイタリアで、この「金のリンゴ」はもっぱら対立の引き合いに出されてきた。南の連中は北を「ニョッキ食い」と呼び、北の連中は南を「マッケローニのトマト食い」と言って揶揄する・・・。まあ、あんまり次元の高い話じゃねえが、流通が良くなったことに加え、イタリアでも健康志向が高まってきたこともあり、トマトさまはたちまち北を侵略して平らげてしまったんだ。最初はトマトをバカにしていた北イタリアも、その味と栄養には抗うことができなかったってワケさね。 ところで、あっしらの若い頃はナポリといえば、スパゲッティ・ナポリタンを真っ先に思い出したモンだ。トマトケチャップとタマネギ、ベーコンでいためた、あの柔らかく弁当の付け合わせになっていたスパゲッティだが――もちろん本場ナポリに、そんな料理は存在しない。(あれはあれで、あっしは好きだな〜。実は行きつけの喫茶店で、いまだによく注文するんだな)。 |
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| このマンマミーア・イタリアンを読んでくれたお客さんなら、容易に想像がつくだろうが、ナポリタンもミートソースや粉チーズ、マカロニやピザなどと同様に、戦後になってアメリカ経由で日本に輸入されたものだ。 だが、実はアメリカにこういった料理を持ち込んだのは、ほかならぬナポリ人だった。なぜって、ナポリの人たちは貧しかったからさね。食い詰めて出稼ぎに行ったり、アメリカ移民になる人が多かったんだ。北イタリアの連中がナポリをバカにしていたのも、彼らが貧乏だったせいもある。 だが、アメリカや日本のみならず、イタリア料理がこれだけ世界に広まったってえのは、ひとえにナポリ移民の力が大きい。まあ貧しいながら、食い物の算段だけは忘れなかったナポリ人は呆れ返った食いしん坊ってことだろうな〜。 |
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| 漁師の味はナポリの味 | |||||||
アメリカでピッツァがピザに変わったように、スパゲッティ・ポモドーロ(トマト・スパゲッティ)がナポリタンに変わったのは想像にかたくない。今となってはナポリタンのルーツが何なのかは、はっきりわからないが、おそらくはナポリの人が食べていたトマトベースのパスタがアメリカナイズされたものなんだろう。ほかにも、もとはナポリ料理でイタリア全土はもちろん世界中に広まったもので、ペスカトーラがある。イタリア語で「漁師風」を意味するその名の通り、車エビやイカ、アサリ、ムール貝など、海の幸をふんだんに用いたスパゲッティさね。魚介類をトマトとニンニク、トウガラシをオリーブオイルで炒めて、スパゲッティに絡めるというシンプルなレシピだが、実に複雑な味わいを持つパスタ料理の傑作だ。 ペスカトーラの場合、日本では細めの麺を使うことが多いが、ナポリ以南のイタリアでは意外に太めのものを絡ませる。太い麺の方が、魚介類の力強い味に負けないからなんだろうな。細い麺もスープがよく絡んで旨いんだが、あっしはどちらかというと太麺のものが好きだ。 海の素材はぜんぶスイサンドンヤ・ドットコムさんで手に入るから、いちど試しておくんなせえ。材料だけなら本場ナポリ以上のものを揃えているから、ぜひともメニューに加えておくんなせえ。 |
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| 「金のリンゴ」は体に良いぜ! | |||||||
また、ペスカトーラは旨いだけじゃねえ。魚の栄養に、トマトやニンニクの栄養が加わる、それこそ完全食品といえる一皿だ。以前にもお話したが、西洋では俗に「トマトが赤くなると医者が青くなる」なんていうほどで、この「金のリンゴ」には豊富なビタミン類や鉄分、カルシウム、カリウム等のミネラルがバランス良く含まれている。 それにも増して素晴らしいのが、リコピンと呼ばれるトマトの赤味成分にあたる色素の働きなんだ。言葉があるくらいだが、リコピンには体内の不要な活性酸素を撃退し、悪玉コレステロールを抑える働きがあると言われている。 リコピンはニンジンに含まれるベータカロチンの仲間なんだが、その抗酸化作用はベータカロチンの2倍といわれ、生活習慣病やガン、動脈硬化を制御してくれる。 アメリカにある有名大学の研究によれば、ピッツァやパスタなど、トマト料理を1日に1回何らかの形で食べると心臓病になる危険性が約3割も減少するとの研究結果もあるそうだ(それに加えてサカナを食べると、長生きできるに違えねえやな〜)。 最近の研究報告だと、花粉にも効くなんて話もあるそうだ。トマトに含まれるポリフェノールが、アレルギー成分ヒスタミンの出るのを抑えてくれるとかで――まあ、春に向けて悩ましいご仁は、おひとつ試しておくんなせえ。 さーて、時間が来やがった。 じゃあ、お客さん。次回をお楽しみに! |
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