| 掲載日:2003年12月18日 |
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| 光り物は寿司の千両役者! | ||
| 今回は寿司の中でも光り物を取り上げてみよう。 光り物の代表といえば何といってもコハダで、こいつはマグロとアナゴに並ぶ、江戸前寿司三大ネタのひとつだ。ただ、コハダは以前にも取り上げたことがあるよな。 今回はサバにサンマといった青魚・・・それも江戸前寿司ではなく、押し寿司と棒寿司を中心に取り上げてみよう。こうしたサバなどの青魚が押し寿司としてネタになるってえのは、理由がある。 青魚の類ってえのは、水深の浅い水圧の低い海域に生息してるんで、どうしても身に水分が多く柔らかい。この水分がアシを早くする一因でもあるんだ。 寿司にして食べる場合は、よほど新鮮なものを使わないといけないワケだが、寿司の第1回/歴史編でもお聞かせした通り、もともと寿司ってえのは保存食だ。 新鮮なものが手に入っても、昔は長く保存しておく方法は限られていた。 つまり、塩漬けにして酢でシメたあと押すことによって発酵させる「押し寿司」は、こうした青魚の類には向いてたりするんだよ。 そんな意味で、光り物ってえのは、寿司の本質に戻れる素材とでも言うかな。 こいつらは昔は下魚と呼ばれて蔑まされてきたものの、この世界じゃあ、ちょっとした千両役者ってえワケだ。 |
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| サバは下魚ながら貴族に愛でられた? | ||
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下魚と呼ばれるサカナほど数が採れて旨い。サバもイワシもサンマも、一般大衆がこぞって食べたのはもちろん、身分の高かった人たちもこっそり食べた。 特にサバの場合はイワシと違って、貴族の皆さんもけっこう堂々と食べていたらしい。 飛鳥時代、仲哀天皇が九州征伐に行った時のこと。山口県は周防灘のあたりで、地元民がサバの魚塩(なしお)を天皇に献上たなんて話がある。今でもあのあたりで採れるサバは関サバなんてえブランド品だが、すでに飛鳥時代には塩漬けにする技術が確立されていたんだな。 また宇治拾遺物語によると、サバは有難いお経の化身だという説話がある。天平年間(740年代頃)、聖武天皇の時代、東大寺の華厳会(けごんえ)という法会が行われた時のこと。門前にきたサバを売る古老を、聖武天皇は講師として大法会を開いたんだ。 何でサバ売りのジイさんを講師に招いたんだか、よくわからねえが、古老が売り物のサバを経机に置いたところ、サバは80巻の華厳経に変わってしまったのさ。 「鯖を売る翁、杖を持ちて鯖を担う。その鯖の数八十、すなわち変じて八十華厳経となる」 サバは下魚でありながら、天皇にも愛でられた特別なサカナだったってわけさね。 |
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| 鯖街道でサバは熟成 | ||
| 俗に「サバの生き腐れ」なんてことを言うが、サバくらいアシの早い、傷みやすいサカナはねえ。これはサバの内臓に含まれる消化酵素が強力なためだ。サバ肉にはアミノ酸の一種、ヒスチジンが多いんだが、鮮度が落ちると、酵素の作用でヒスタミンに変じてアレルギー源になる。(ちなみにヒスチジンはアミノ酸の一種。ヒスタミンはそれが分解されるとできる物質で、名前が似てるけど別ものだ。間違えないでおくんなせえ)。 ここに腐敗菌がつくと、あっという間に傷んでいくわけさ。 ところが、水揚げされたサバをすぐにサバいて内臓を除き、背開きにして塩をふるってえと、これが一晩でえもいえぬ旨味を持った塩サバになる。 内陸の京都では、若狭湾で水揚げされたサバを、えっちらおっちら早足で飛ばして10数時間。飛脚がざるが揺さぶる振動が味を馴染ませ、京に着くころには良い塩梅になってるって寸法さ。 小浜から京都への道。これが世に言う「鯖街道」ってやつさね。 ちなみにサバはアシが早いんで、急いで水揚げしないといけねえ。そこでどさくさに紛れて数を誤魔化す意味で、「サバを読む」って言葉ができたって話だ。 これには諸説あってハッキリはしないが、まあ酒の席でもみなさんのウンチク話にしてくだせえ。 |
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| 土佐の酒席はサバの姿寿司で | ||
| 日本全国にこうした塩サバや締めサバのレシピはあるが、ここでは土佐の酒席に伝わる縁起めでたいサバの姿寿司を紹介しておきやしょう。 土佐といえばカツオのタタキだが、あのあたりじゃサバも良いのが採れたりする。 カツオのタタキと同じく、皿鉢料理に欠かせない逸品だそうだ。 アシの早い魚ながら、海のあたりよりも山間部などの祝い事に重宝されたらしく、尾頭付きのタイなどの代用になったそうだ。 たっぷりと粗塩に漬けたサバを塩抜きして、酢で数10分締めて出すわけだが、新鮮な魚が手に入れやすくなった現在は、とくに足摺岬沖で獲れるゴマサバで作った姿寿司が人気だそうだ。 |
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| 「目黒のサンマ」は実話だった? | ||
| さて、ちと時期がはずれちまうがサンマの話をいたしやしょう。 スイサンドンヤ・ドット・コムさんのサンマは、残念ながら今年は終了しちまったが、こいつは大好評だったぜ。今年のサンマは豊漁で、それこそ焼いても、刺身にしても、棒ずしにしても美味しく食べられるモンだった。 今でも、冷凍したものが出回っているが、まあまあ、これはこれで悪くはないかな。 寿司の話から脱線するが、お客さん方は「目黒のサンマ」の話をご存じかい? 江戸っ子のあっしとすると、ガキの頃から知ってる当たり前の話なんだが、落語のお話はお若い方などは、ご存じない方もいらっしゃるだろうから、ここは閑話休題。 おひとつ聞いておくんなせえ。 |
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この話は実話だそうで、何と松平さまどころか、三代将軍・徳川家光公がモデルだってえんだからびっくりだ。まさにサンマの旨さを物語るお話ってとこだ。 | |
| サンマ苦いか塩っぱいか | ||
| 将軍さまも太鼓判を押したサンマの一番旨い食べ方は、何と言っても塩焼きだが、今回は寿司の話なんで「さんまの棒寿司」のレシピをご紹介いたしやしょう。 これも新鮮なもんが入ると、本当に美味しい。塩焼きとはひと味違った、やんごとないお味になるのさ。 「さんまの棒寿司」のレシピは、今度来年1月発売予定の「さかな通」(仮称)にもイラスト付きで掲載してあるが、ここでは、ざっと口頭で申し上げやしょう。 まず、普通のサカナ同様、頭とワタを取り三枚におろす。この時小骨を抜くのを忘れないこった。表と裏にたっぷりの塩をふり、寝かせること20分。塩を水洗いしたあとは、よく水気を切って酢に10分ほど漬け、薄皮を剥く。 シャリは炊く1時間前くらいに研いでおき、ざるにあけて同分量の水で炊く。 米3合、酢半カップ、砂糖大さじ3、塩小さじ1の合わせ酢を作り、蒸し上がる直前の米を、水で濡らした寿司桶にあけて、しゃもじで切るように馴染ませる。この時、うちわであおいで人肌まで冷ましおくんな。ツヤが出るぜ。 こうして仕込んだシャリの上に、ひと起こししたサンマを乗せ、ガリなどを挟むなどするてーと塩梅が良い。巻き簾にサンマの皮を下にしっかり巻けば出来上がりさ。 |
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| サンマの効能やいかに | ||
| イワシの漁獲が年々下降線をたどるのに対して、サンマは採れたり採れなかったはするが、豊漁の年も多い。 ほとんどが太平洋側で漁獲されるんだが、現在はサンマの走光性を利用して、集魚灯を照らしてから大量にすくいあげる「棒受け網漁」が中心だ。 安定供給するために低温冷蔵や冷凍にして出回るものも多いが、最近は冷凍技術の発達で、普通の人にはほとんど区別できないが、時期はずれの時でも比較的美味しいサンマが食べられるのは悪いことじゃない。 サンマは旨いだけじゃなく、栄養も豊富だ。 肝臓や目に効くビタミンA。 血球の生成,腸管のタンパク質の合成や、脂質や糖質の代謝にも関係するビタミンB12が豊富に含まれている。 それから青魚の脂肪に多く含まれている、エイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)が豊富なのは言うまでもないこった。 さーて、お客さん方。 今年も残りあと僅か。どんな1年になりそうかね? あっしかい? あっしは、今年は本も来年出るわけだし、おしなべて良い年だったかもしれねえな。不景気だ何だって言うけど、長生きしてると、悪いことばかりでもねえ。 まあ、今年も残りあと僅か。ここはひとつ気張って年を越してえもんさね。 じゃ、次回をお楽しみに! |
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