ご案内所 ショップ 商品検索 ヘルプ ホーム  
水産物 医食同源
食いねぇ、食いねぇ、寿司食いねぇ! (寿司その六、茶巾寿司編)
掲載日:2003年03月19日

 
まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!
いや〜、「戦争がはじまる」なんて会話は、ちょっと前までは考えられなかった言葉だがよ…なんだか、とんでもない時代に突入していきそうだな。
今あっしが喋っていることがサイトアップされる時には、いったい世の中の状況がどうなっちまうのか見当すらつかねえやな。空からテポドンが降ってくるのか、六本木あたりの米軍が集まるパブあたりで爆弾テロが起こるのか、オウムの残党がまたサリンを巻き散らすのか…いやはや本当に困ったモンだ。
そんな時代に入ったってえのに、昨今は日本とアメリカが戦争したことも知らない兄ちゃん姉ちゃんがいるそうだ。まったく、世の中無知ほど怖いモノはねえ。
モノを知らねえから想像力もない。戦争の映像を見たって所詮対岸の火事で、映画の中の世界くらいにしか思ってなかったりする。
おおおお! イダテンのゲンさんが小言いいはじめると止まらねえから、この辺でよしとくけど、あっしは言いてえことが山のようにあるんだぜ!
だがよ…それはそれだ。
オタオタしながら「大変だ、大変だあ」なんて騒いだって仕方ねえ。まあ、食べられるうちに旨いもんでも食べておいた方が、世の中幸せってモンかもしれねえな。このイダテンのゲンさんも世の中が動くうちは、どんな修羅場でもかいくぐって、みなさまの食卓に旨い食材をご提供させていただくつもりだ。
そんなワケで、今後ともよろしくたのんますぜ!
   まずは茶巾寿司からいってみよーか!
  好評「食いねえ、食いねえ、寿司食いねえ!」も、いよいよ6回目になるなあ。前回は玉子焼きと光りもののネタ・コハダの話をしたが、今回はちょっくら趣向を変えて、まずは、茶巾寿司の話からはじめよう。
なにね、別に理由があるわけじゃねえのさ。おとついくらいだったかな。茶巾寿司とちまき寿司をいただいたもんでな。それがけっこうイケたんで、今回は握り以外の寿司をとりあげてみる気になったのさ。
昔、東京は赤坂に「有職」って茶巾寿司の店があったのを知ってるかい? ここは大正の中頃からの老舗だったんだが、残念なことにバブルの時期に妙なことになったらしく、残念なことに何年か前に店をたたんじまったのさ。
ところが、そこの職人さんたちが溜池山王のあたりに店を出したんだ。店の名は「福鎚」と言ったかな…。そこの茶巾はその時の「有職」のものにくらべると、時代に合わせてひと回り小さく、味も甘めに変わっていたが、なかなか上品な味でな。ああ、たまには茶巾寿司もいいなって思ったわけよ。
さて、「茶巾」てえのは点茶の時、茶碗をぬぐうのにつかう布のことだ。いわば、お茶の道具だなシイタケのみじん切りやカンピョウ、もみしだいた海苔を酢飯に混ぜ、それを大きな団子にして上にエビをのせる。
こいつを薄焼き玉子で茶巾のようにくるむから「茶巾寿司」って呼ぶんだな。仕上げは細い昆布を帯にして、開かないように結んで出来上がり。
1〜2個食べれば腹いっぱいになるボリュームだが、それなのに実に上品なもんだ。
昔は赤坂あたりで遊んだ旦那衆が手みやげに買っていたもんで、あっしも景気の良い時にはみやげに持たされてずいぶん食べたもんさ。
ああ! こないだの茶巾寿司もたいへんに旨かったけど、あの「有職」とまったく同じものも、もういっぺん食べてみたいモンさね。
   茶巾寿司は温故知新から?

 

さて、茶巾寿司は東京・赤坂生まれだが、どうやらそのルーツは関西にあるらしい。
それというのも、京都の医者が書いた「名飯部類」という本の中には、茶巾寿司とよく似たレシピがある。

「鶏卵のカラをとり、黄身と白身を分かち、磁器に入れ、よくかき混ぜて溶き、黄身、白身別々にして薄焼きにし、飯、具を置き包むこと茶巾のごとし」

まあ、これを読むかぎりでは茶巾寿司のルーツは関西にあると考えても良いのだろう。
今はもう消えてしまったけど、赤坂界隈には昔、古本屋が何軒かあった。ある古本屋から聞いた話だが、その中でもいちばん高値で売れる本ってえのが、昔の調理法なんかが記された…それも大正とか明治、モノによると江戸くらいの古い料理本だったそうなんだ。まだ、高度成長で景気の良い時代…稼ぎの良かった板前たちは、そういった古いレシピ本を競って買い漁ってたのさ。
その古本屋が大正時代からあったかどうかは、今となってはわからねえが、きっと有職の創業者も、赤坂界隈で色々な資料を集めて研究したんだろうな。こういう姿勢ってのは、あっしら食にかかわる人間とすると、是非とも見習いてえもんだ。まあ、温故知新…故きを温めて新しきを知るってヤツだな。

   ガルム寿司はいかが?
 

寿司からはちと話は逸れるけど、イタリアじゃ最近、ガルムっていうローマ時代の調味料…いわゆる魚醤なんだが、こいつが復活してきたらしい。
ことイタ飯においては、トマトなんてローマ以前からいるようにデカい面してやがるが、あいつらは17世紀の大航海時代に南米から観賞用に運ばれてきた新参モノさ。
そう。ローマ時代には小魚を漬け込んで醗酵させた調味料・ガルムが基本の味付けだったんだ。
ガルムがローマ帝国の崩壊と共に消えたかどうかは知らねえが、日本のしょっつる、いしり、タイのナンプラー、ベトナムのニョクマムと、同じ魚醤でも、その地でどんなサカナが採れるのか、どんな製法によるのかで味はまったく異なる。
ともかく、ローマ帝国のヤツらと来た日にゃ、動けなくなるほど腹いっぱい食べたあと、 喉に鳥の羽を入れ、モドしてからまた食べたというとんでもない連中さ。
食い意地の張ったイタリアの料理人は、バチ当たりなご先祖さまがどんな調味料を使っていたのか、けっこう真剣に研究したんだろうな。ゲロ吐いてまで(おっときたなくってゴメンよ)、もういっぺん食いたくなるガルム料理とは、いったいどんなものだったのか…昔の資料をひもといて、ずいぶん試行錯誤をしたらしいや。
最近は、あちらの気の効いたリストランテに行くと、ガルムを置いてる店がけっこうある。あっしもシチリアのトラーパニで、ガルムとアカザエビのパスタとやらを食べたが、今まで味わった魚醤の中ではいちばん淡白で繊細なものだった。
これなら日本人の口にも会う! あっしはそう思ったね。
どなたかスイサンドンヤ・ドット・コムさんのお客さんで、気概のあるお方! 前回の続きみたいになっちまうが、誰か「トウキョウ・キュイジーヌ・イタ飯風ガルム寿司」でも考案してくんねえかなあ。温故知新だぜ…。

   醤油は地上最強の調味料?

 

まあ、ガルムだ、ナンプラーだ、ニョクマムだと言っても、あっしが考えるところ地上最強の調味料のひとつは醤油につきるだろう。
日本料理がフレンチのように、色々なソースが発達しなかったというのは、醤油(それから味噌だな)が、あまりに完成されすぎていて、外の調味料を発達させなかったということがあるだろう。
だが、ちょっと待っておくんな。
お客さんは、みんな食材を扱うプロだろうから、まさか出された料理を味見もしないで、いきなり醤油やソースをかけたりしないだろうけど、あっしら日本人はちと醤油に頼りすぎちゃいないかい?
それというのも、寿司というのはもともと何でもかんでも、醤油につけて食べたワケじゃない。
最近じゃあトンと耳にしないけど、昔は「江戸前の握りは醤油をつけるべきか、つけないべきか」なんて、よく言ったものさ。まあ今だってちょっとした寿司屋なら、素材にあった調味の仕方をしてくれるがね。醤油に1割ほどの酒を合わせて煮返した漬け醤油や、塩をお出しして食べてもらうのがそれさ。

   ネタによって違った寿司の調味
 

何でも、大正12年(1923年)の関東大震災の前までは、ネタによってシャリに色々混ぜ物をしていたそうさ。

たとえば煮イカは細かく刻んだショウガを酢飯にまぶす。
エビには酢飯に細かな揉み海苔。
マグロは醤油に漬ける、いわゆるヅケ。
タイやヒラメなどは振り塩をしたあと、洗って酢にくぐらせる。
アカ貝は生酢(きず・そのままの酢)ミル貝やトリ貝は甘酢。
アナゴやアワビ、ハマグリなどはもちろん店によって、秘伝のタレを塗る。

なんて具合さ。
まあ、これを聞けば昔の握り寿司が、必ずしも醤油を必要としていなかったことがわかるだろう。
タコなんて素材もあっしに言わせれば醤油より、塩とレモンの方が合う。ギリシャやイタリア、スペインのような、地中海の身のやわらかいタコならなおさらさ。
それから関西の押し寿司系統のものは、醤油がなくても食べられるようになっているんだな。
そんな中、つけ醤油が当たり前になったのは、生のネタを使った寿司が普及してからだろうな。生のネタには、やはり醤油のアミノ酸がよく合うんだ。
薄口、濃い口、タマリ醤油…と一口に醤油と言っても大変な種類があるが、キリがねえんで、今日のところはこの辺でやめとこう。

   つけ醤油は二度ヅケ禁止?
 

これで前回も言ったけど、寿司くらい食べる時の能書きが、あれこれ多い食い物もない。
あれは一心太助の子供の頃の話だったかな。生意気な太助が、不粋なおやじをやりこめるこんな話がある。
「汚い真似はおよしよ、おやじさん。寿司を食べる時におまんまを下にしたら、ゴハン粒が醤油の中で泳いじまって、ウジ虫みたいだろ? おやじさんひとりでつける醤油じゃないからね。
ほら、寿司はこう…ネタを下にして食べるもんさ。いい年してヤボだね、おやじさん」これを聞くかぎりだと、まったくブチたくなるような小生意気なガキだが、まあこいつは本当のことだ。
それに、この時代の屋台寿司は今とちがって、お客のつけ醤油は共同だったんだな。
…え? 何だって?
今でも大阪の串カツは二度ヅケ禁止だって?
なるほど。茶巾寿司は上方生まれの江戸育ち、二度ヅケ禁止は江戸生まれの大阪育ちってワケか。
へへ。おあとがよろしいようで…。
それじゃあ、今日はこれから築地で一杯やってから帰るとすっか。
じゃあ、お客さん! 次回をお楽しみに!

   
戻る

go top

Presented by 食材仕入ドットコム All Rights Reserved.
Copyright© 2006, Food's-Foo 推進機構All Rights Reserved.