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水産物 医食同源
食いねぇ、食いねぇ、寿司食いねぇ! (寿司その一、歴史編)
掲載日:2002年11月26日

 
まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!
 いやあ、お客さん。相変わらず、2002年秋冬号のカタログは大反響が続いてるよ!
 世の中、不景気って言っても、安くって良いモンを提供すれば、お客さまはわかってくれるもんだなあ。
 それにしても、そんな中で新しい店を開く人がけっこうあるもんだ。その中のお客さまには新しい店や新店鋪を出すなんてトコも多い。
 脱サラして一念発起…客相手の商売するのは初めてなんて人がいるかと思えば、店鋪拡大に伴って、安くて新鮮な材料を探していたなんてお客さんもいる。その中にゃあ、スイサンドンヤ・ドット・コムさんから仕入れて、商売が軌道に乗った人も少なくない。まあ、こちとら千客万来。それで人さまのお役に立てればこんな嬉しいことはありゃしねえ。
 とにもかくにも、どちらさんも、よろしくたのんまあ!
 さーて。毎回くどいようだけど、アメリカの食品会社の上位100社の市場占有率が8 割なのに対して、日本の上位100社は市場占有率わずか1割ってコトは前にも言ったよな? 
 だからこそあっしは、わが国の市場においては、中小の新しく店の入り込む余裕があると考えている。
 一国一城の主のみなさん! あっしも同じ立場の人間として、みなさんの気持ちは痛いほどよくわかるぜ。あっしもスイサンドンヤ・ドット・コムさんも、みなさんのお力になれることは、何でもするつもりだよ!
 とにかくスイサンドンヤ・ドット・コムさんは、中小店鋪のみなさまが大手並みの価格で、原材料を仕入れることができる最強のシステムだ。築地30年、イダテンのゲンさんはウソを言わねえ。とにかく、おひとつ試しておくんなせえ。
   今や"susi"は国際語でえ!
   さーて。こないだあっしは、青山にあるカルフォルニア・キュイジーヌとかを出す店に行って、スシの創作料理とやらを食べてきた。
 …何だって? ゲンさん、ガラでもない洒落た店に行くってか? 
 へへ。見損なっちゃ、いけねーや。このイダテンのゲンさんは、その昔、アメリカでいちばんはじめにスシを持ち込んだ男のひとりだぜ。昔はボストンマグロのブルーフィンを、そりゃあずいぶんと買い付けたもんだ。まだ日本に紹介される前から、あっしはカルフォルニア・キュイジーヌ食べてるんだぜ。
 当時はカルフォルニア・ロールを食べて、『おいおい、アメリカ人ってえのは、ずいぶん外道なスシを作りやがるな』と呆れたもんだが、近頃はそいつらも格段の進歩をしたもんさ。これで、逆輸入されてくるスシは、意外とバカにできないものも多くなった。
 その店のシェフは、カルフォルニア出身の日系3世なんだが、まったく料理ってえのは、99%のたゆまぬ精進と、1%の持って生まれた舌につきるよな。お相撲さんに外国人の横綱がいるように、寿司だって決して日本人だけのモンじゃあねえ。いやはやどうして、アメリカ人の味付けもあなどれないぜ。
 そこで出されたマグロ大トロのタルタル風カクテルや、赤身やカツオ、ホタテの表面をサッと炙った寿司ライスなんかは、まったく絶品だったなあ。寿司にバルサミコ酢や柚子胡椒なんかを添えてあり、それが鴨のコンフィとかフォアグラみたいな西洋料理と合ったりするんだよ。ホントに柚子胡椒だなんて、どこのどいつが、どこでどうやって吹き込んだのかな?
 メリケンのヤツらもよく勉強してやがるもんだぜ。
 いつもは日本酒しか飲まないゲンさんも、寿司に赤ワインを合わせていただきやす!
 …てなもんだ。もちろん、マグロやホタテはスイサンドンヤ・ドット・コムさんの仕入れだぜ。
 まったく海のモンってえのは、元気のモトだよなあ!
 あっしはアメリカの旨い寿司も、おかしななスシも食べてきてるが、ここ数年の進歩たるや、そりゃあたいしたモンさ。ロサンゼルスやニューヨークみたいに日系の多い場所はもちろんだが、それ以外にも"susi"はパリ、ロンドン、etc……今やスシは世界のありとあらゆる大都市に軒を並べる国際食に進化したのさ。
 ……てなワケで、今や国際食となった「寿司」の話を聞かせ倒してあげやしょう!
 何回かに分けねえと、とてもとても話きれねえから、楽しみにしておくんなせえ。
   カタログ『寿司ねた一覧』をご覧なせえ

 

 とりあえず、スイサンドンヤ・ドット・コムさんのカタログp42〜45を開いておくんな。旨そうな寿司ねたがズラリと並んでいるだろう?
  水産物にとって寿司というのは、もっとも重要なアイテムなんだが…見ておくれよ。この充実したラインナップを!
 マグロに車エビ、ボタンエビ、甘エビ、イセエビ、赤貝、ホタテ、トコブシ、ズワイガニにカニミソ、イカ&タコ、アナゴ、サーモン、エンガワ、イクラ! 
 軍艦巻き用の珍味も目白押しで、このカタログひとつで寿司屋が開店できちまうバラエティだ。事実、お客さんの中にはお店の寿司ネタのほとんどを、スイサンドンヤ・ドット・コムさんから仕入れているなんてトコも少なくねえ。
 そんなスイサンドンヤ・ドット・コムさんのネタは世界中のあらゆる場所から、あっしらが死ぬ思いで仕入れてきたモノばかりだ。中には、はるばるテロリストの本拠地の近くまで買い付けに行って、新鮮なサカナを手に入れるんだ。
 そうやってあっしらサカナ屋たちが危険な思いをして、安全で美味しい『寿司ねた』を世界中から仕入れてみなさまのお店にご提供するんですぜ。
   「寿司」は子供がいちばん好きな食べ物でえ!
 

 さて、昔から子供の好きな料理は、時代を象徴する鏡と言っていいだろう。
 巨人・大鵬・卵焼きの時代から、昭和40年代頃には子供たちの好みはカレーやハンバーグへと代っていった。そして今や、子供たちがもっとも好きな料理というのが「寿司」なんだな。
 子供というのは正直だ。美味しいものはちゃんとわかってやがる。まあ、寿司の旨さを考えればこれは当然のことだが、ちょっと前なら寿司は手の届かない高嶺の花だった。
 あっしも昔、会社を興した頃は寿司屋に娘たちを連れていく金がなくって、河岸で仕入れてきたネタでよく握ってやったモンさね。
 ……え、何だって? ゲンさん、遊んでばかりいて、ちっとも家に帰らなかったくせにウソ言うんじゃないってか? (水産大河マンガ/しょの19----『遊び人の父親ほど……』の巻参照)。
 ガハハハハ! バレちゃ仕方ねえ…と言いてえトコだけど、そいつはウソじゃねえよ。
 (ホントはたった1回だけだけど)これであっしだって、子供たちに家で寿司を握ってやったことがあるんだぜ! まったく、その時のヤツらの食いっぷりときたらなかったな。いったい何kgのネタを食べ、何升の飯を食ったことか…。
 あっしには4人の娘と2人の息子がいるけど、そのうちの3人が河岸であっしの仕事に関わっているのは、その時食べた寿司のおかげじゃねえかなと思ってる。
 お客さん。子供にゃあ旨いモン食わせてやんなよ。ジャンク・フードばかりじゃなく、旨い寿司を時々きちんと食わせてやれば、すぐにキレたりしない人間に育つんだぜ。(それにゃあ科学的な理由があるんだが、そいつは今度の機会にお話いたしやす)

 寿司が子供に人気となったいちばんの理由は、回転寿司の台頭などで、昔に比べてずっと身近な存在になったことだろう。
 あっしの会社の若い衆が、こないだはじめて子供たちを普通の寿司屋に連れていったら、こう言ったそうだよ。
「パパーッ。ここのお寿司回ってないよ〜!」

   お寿司は1日にしてならず

 

 だがよ、回転寿司といってあなどるなかれ。外国じゃあ回転寿司は当たり前で、それもけっこうな高級店だったりする。また近頃じゃ、日本でも雰囲気も品質もかなりのレベルに達している回転寿司屋も珍しくない。
 今や国際食となり、まだまだ進化しつづける寿司だが…お寿司は1日にしてならず!
 以前にも『マグロ大好き!』の巻で話したけど、今のかたちの江戸前寿司が世に登場したのは、文化・文政のころの江戸時代後期(1817年頃)の話だ。当時の寿司といえば上方風の押し寿司だったのが、華屋与兵衛の考案によって、江戸前の「握り寿司」が爆発的に大流行したのがはじまりなんだ。
 ところが、そこにたどり着くまで、寿司には長い長い歴史があったのさ。

   スシのルーツは2400年前から?
 

 スシのはじまりには諸説ある。吐蕃(とばん)…つまり今のチベットにあたる地域の保存食がルーツだという人がいれば、秦の始皇帝も食べたなんてことを言う人もいる。
 そう。その中で、文献としてもっとも古いものとしては、BC300〜400年前の中国は秦の時代、東洋で最初の辞書と言われている「爾雅(じが)」という書物の中に、「魚謂之鮨(シ)、肉謂之醢(カイ)」という記述が出てくるんだ。
 これはどういう意味かといえば、『魚の塩辛を鮨と言い、肉の塩辛を醢と言う』って意味らしいや。どんなレシピだったのか、今となってはわからないが、保存食の一種だったことは間違いないだろうな。

   寿司のルーツは「熟れずし」でい!
 

 さて、「寿司」という文字は、スシ屋が縁起をかついだ当て字だってえのを、言っておかなきゃならねえだろう。「寿し」「寿志」「寿斗」…どれもみんな当て字だが、おいしそうに感じる字面なもんで一般に普及したんだろう。
 関東では「鮨」、関西では「鮓」の字が多く用いられるが、スシの文字に関してはこいつらがご本家だ。
 鮓という文字については、もう少し下った後漢の時代、AD100〜200年くらいに登場する。「釈名(しゃくみょう)」という本によれば『塩米を以て、ソ(漬け物)のごとく熟して、これを食べる』という記述があり、ここではじめて米とサカナが出てくるわけだ。調理法は蜀(しょく)の国、すなわち今の四川省から持ち込まれたそうで、内陸の地ということを考えれば、きっと鯉とか鮒のような川魚を材料にしてたんだろうな。
 これは、米とサカナを漬け込んで醗酵させる、現在の「熟(な)れずし」のモトに違いねえだろう。きっと近江の名産、鮒ずしのような食べ物だったんだろうな。

   鮒ずしは秀吉の好物だった?
   江戸前寿司はネタの新鮮さが勝負だから、知らない人だと『えっ? スシが保存食だったの?』と驚く方もいるかもしれない。
 でも、鮨やおにぎりも、手で握ることによって微妙な醗酵をさせて、味をよくしていることを考えれば、それは当然のことだ。
 中国では北魏の時代(AD530〜550年頃)……日本がまだ古墳時代、飛鳥時代だった頃に、すでに鮨のモトとなるレシピが存在していた。
 切り身の魚を洗ってから塩をふり、米を塩水で炊き込んだアジメシ、山椒の一種、ミカンの皮、酒を加えてから、ハスの葉に包み2〜3日置くという…それはまさに、今の鮒ずしと同じような作り方だったんだ。
 季節や魚の種類によっては、瓶の中に入れて、重しをして一ケ月醗酵させるケースもあったというから、かなり頻繁に食べられていたものなんだろう。まさに、今の熟れずしに近いものだったんだろうな。
 それが、いつどうやって日本にわたってきたのか? 
 実はそいつは明らかじゃねえ。「万葉集」や「日本書紀」に鮨が出てくるとか言うご仁もいるが、どうもそいつは眉つばモンだ。
 わかっているところで、いちばん古い記録のひとつが、秀吉が朝鮮出兵の際、陣中見舞いに鮒ずしを献上されたってことだ。
 …ってなワケでその鮒ずしについては、次回タップリと聞かせ倒してあげやしょう。(あっしは自他ともに認める江戸っ子だが、実は鮒ずしが大好物でな…)。スシを語る上で、欠かすことができないのが、この鮒ずしをはじめとする熟れずしの存在なんだよ。
 さーて。何だか腹がへってきやがった。それじゃあ、あっしはここいらで、なじみの寿司屋にでも行くとするかな。
 まったく海のモンってえのは元気のモトだよなあ。それじゃあ、次回をお楽しみに!
   
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